大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)2937号 判決 1993年5月28日

原告

東芝セラミックス株式会社

被告

信越石英株式会社

主文

一  原告の請求いずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、別紙目録記載の石英ガラスルツボを製造、販売してはならない。

2  被告は、原告に対し金二億二五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

第二請求原因

一  原告は、左の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)を有する。

1  発明の名称 シリコン単結晶引上用石英ガラスルツボ

2  特許出願日 昭和五二年三月一七日

3  特許出願公告日・番号 昭和五八年一一月四日(特公昭五八-四九五一九)

4  特定登録日・番号 昭和五九年六月二七日(特許第一二一四四〇二号)

5  訂正審判請求・審判番号 昭和六三年三月二一日(昭和六三年-三四二八号)

6  特許審判請求公告日・番号 平成元年二月二七日(第六七六号)

7  訂正認容審決日 平成三年八月一九日

8  右審決の原告への送達日 平成三年九月二四日

二  被告は、別紙目録記載の石英ガラスルツボ(以下、「被告製品」という。)の製造販売をしている。

三  訂正後の本件特許発明の特許願に添付された明細書の特許請求の範囲の記載は、「微粉砕した高純度の結晶石英からなる粒子を、垂直軸のまわりに回転する型中に充填し、内面から加熱して製造した酸化硼素一ppm以下、OH基三〇〇ppm以下及び酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化チタン、アルカリ金属酸化物の合量が一〇〇ppm以下によりなり、一四五〇度Cにおいて一〇の九乗ポイズ以上の粘性を有することを特徴とするシリコン単結晶引上用石英ガラスルツボ。」である。

四  本件特許発明の構成要件を分説すると、

1  本件特許発明は、物として石英ガラスルツボであり、シリコン単結晶引上用に供せられる。

2  本件特許発明は、石英ガラスルツボである。

その成分は石英ガラスであり、微量の不純物を含む。

その不純物の量は、

(一) 酸化硼素一ppm以下

(二) 酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化チタン、アルカリ金属酸化物の合量が一〇〇ppm以下である。

3  本件特許発明の石英ガラスの材質の性質は、

OH基三〇〇ppm以下、

粘性が一四五〇度Cにおいて一〇の九乗ポイズ以上である。

4  本件特許発明の石英ガラスの製造方法は、次のとおりである。

「微粉砕した高純度の結晶石英からなる粒子を、垂直軸のまわりに回転する型中に充填し、内面から加熱して製造」する。

五  被告製品は、本件特許発明の構成要件を全て充足する。よって被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属する。

六  被告は、故意又は過失により、遅くとも昭和六一年当初から、被告製品を製造販売し、昭和六一年一月一日から同六三年一二月三一日までの三年間の年間売上高は少なくとも金一五億円であり、また本件特許発明についての実施料相当額は売上高の五%を下らないから、右三年間分の実施料相当額は売上高四五億円の五%に当たる二億二五〇〇万円を下らない。

七  よって、原告は、本件特許権に基づき被告製品の製造販売の中止と、前記三年間の本件特許権侵害による損害賠償として実施料相当の損害金二億二五〇〇万円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一ないし三は認める。同四、五は争わない。

二  請求原因六は否認し、同七は争う。

第四抗弁

一  先使用による通常実施権

1  原告は、本件特許発明の内容を知らないで発明をした石英ガラスの世界的パイオニアでありドイツ連邦共和国ハナウ市に本社を有する訴外ヘラウス・ショット・クアルツシュメルツェ社(以下「ヘラウス社という。)から知得して、本件特許権の特許出願日である昭和五二年三月一七日の前から現在まで、被告製品を製造販売し、右発明の実施である事業をしている。

よって、被告は本件特許権につき、特許法七九条所定の通常実施権を有する。

2  すなわち、被告は昭和四七年二月二日、石英ガラス及び石英ガラス製品の製造、販売及び輸出入等を目的として、訴外信越化学工業株式会社とヘラウス社との共同出資により、資本金一億円をもって設立された会社で、昭和四七年二月、福井県武生市に武生工場の建設を開始するとともに、同年七月にはヘラウス社に武生工場長小池隆平以下五名の技術者を石英ガラスルツボを含む各種石英ガラスルツボ製品の製造、加工等に関する技術修得のために三か月間派遣する一方、ヘラウス社からの設計図に基づいて、昭和四七年一〇月頃、石英ガラスルツボの製造装置(一号機)を、建築のほぼ完成した武生工場内に設置し、更に同年一一月頃にはヘラウス社から技術者二名の派遣を求めて石英ガラスルツボの製造装置(一号機)の試運転を行い、昭和四八年一月には、同装置を用いて石英ガラスルツボ製造の操業を開始し、当時、既にシリコン単結晶の製造を石英ガラスルツボを用いる単結晶引上法によって行っていた訴外信越半導体株式会社の武生工場及び磯部工場(群馬県安中市)に被告の製造にかかる石英ガラスルツボの出荷を開始した。

被告武生工場に設置された石英ガラスルツボの製造装置(一号機)による石英ガラスルツボの製法、すなわち右製造装置の運転方法は、「水平回転している型内に精製水晶粉を供給し、回転遠心力により型内壁に所望の厚さの粉体層を形成させ、回転を維持しながら型内に電極を挿入してアーク放電させ、この放電加熱により粉体層を熔融ガラス化し、熔融終了後、型の回転停止し、冷却後製品を取り出す」という方法である。

この方法によって得られる石英ガラスルツボは内側が透明で外側が不透明のいわゆる半透明石英ガラスルツボであって、シリコン単結晶を製造するに際して単結晶引上用として用いられる石英ガラスルツボであり、前記製法は、被告からヘラウス社に派遣された技術者達の修得した方法であった。

その後昭和五七年三月には同様の石英ガラスルツボの製造装置の二号機が、昭和五九年七月には三号機が、いずれも被告武生工場に設置され、製造される石英ガラスルツボの大きさも次第に大型化したが、製造装置とその運転方法は実質的に一号機の場合と何ら異ならない。

このように、被告は昭和四八年一月以来継続して右製造装置を用いて被告製品である本件の単結晶引上用石英ガラスルツボを製造し、信越半導体株式会社武生工場、磯部工場その他の顧客に販売しているが、被告の製造販売してきた被告製品は、本件特許発明の要件を全て備えたものであり、被告は、本件特許発明の内容を知らないで同一の発明をしたヘラウス社から右発明を知得して、原告の本件特許出願前からこれを実施してきたものである。

3  以上の先使用の事実を裏付ける間接事実として、次の事実がある。

(一) 被告は、石英ガラスルツボの製造販売を開始した昭和四八年当時以降、本件特許権の出願日前頃までの間に製造した、石英ガラスルツボの現品を保存品として保管している。その製造は、本件明細書の特許請求の範囲に記載された方法によったものであり、その分析結果は別紙「保存ルツボの分析一覧表」記載のとおりであるが、これらは別紙物件目録記載のとおりの右特許請求の範囲に記載された要件を全て備えた石英ガラスルツボであることが明らかである。

(二) 被告は、昭和四七年三月、訴外SONOデザインこと園村孝に被告の製品カタログの印刷を発注し、同年五月に二〇〇〇部の製品カタログの納入を受け、更に同年一二月に一〇〇〇部、昭和四九年六月に一〇〇〇部、昭和五一年一月に一〇〇〇部、昭和五三年一二月頃二〇〇〇部の納入を受け、これらのカタログ(乙第一号証ないし乙第五号証)を被告の取引先等に多数頒布した。

右カタログの表示数値を分析すれば、被告の商品たる石英ガラス製品は、含有する不純物元素が硼素〇・一ppm以下、アルミニウム一ないし一〇ppm、鉄〇・八ppm、チタン〇・八ppm、カリウム〇・八ppm、ナトリウム一ppmで、これも酸化物の値に換算すると、酸化硼素〇・三二ppm以下、酸化アルミニウム一・九ないし一九ppm、酸化鉄一・一ppm、酸化チタン一・三ppm、酸化カリウム〇・九六ppm、酸化ナトリウム一・三ppmとなり、また、OH基含有量については、品種により一三〇ppm又は三五ppmであり、更に、水晶を原料として製造した石英ガラスの一四五〇度Cにおける粘度は約一〇の一〇乗ポイズであって、前記本件明細書の特許請求の範囲に記載された不純物及び材質特性の要件を全て備えた石英ガラスルツボを、昭和四七年から製造販売していたことが明らかである。

二  権利の濫用

1  被告による公然実施

右一で主張したように、被告は、原告の本件特許出願前から、本件明細書の特許請求の範囲に記載の要件を全て備えた被告製品を製造し、これを公然と第三者に販売していたもので、本件特許発明は特許出願前に日本国内において公然実施をされていたものであり、かつ、本件特許発明の特許出願前に頒布された前記一3(二)のカタログに記載されていたものであるから、本件特許発明は、本来特許法二九条一項二号及び三号により特許を受けることができないものである。

2  原告による公然実施

また、原告は、本件特許の特許出願前から、その山形県小国製造所において、本件明細書記載の特許請求の範囲の要件を全て備えた「シリコン単結晶引上用石英ガラスルツボ」を製造し、これを「高純度不透明石英ルツボ」、「高純度透明石英ルツボ」の名称で、シリコン単結晶引上用ルツボとして日本国内のシリコン単結晶メーカーに販売していた。

このことは、当時原告が市販していた「高純度不透明石英ガラスルツボ」が存在することが明らかである。

したがって、本件特許発明はその特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であり、かつ原告自らもこれを行っていたのであるから、原告は本件特許発明が特許を受けることができないことを知りつつこれを秘匿して特許出願し特許権を取得したものである。

3  こように特許無効原因を有する発明について権利が付与されたことを奇貨として差止請求権等を行使することは、権利の濫用に当たり許されない。

なお本件特許発明は、平成三年九月二四日訂正審判の効力が生じ、その結果本件特許請求の範囲に、「微粉砕した高純度の結晶石英からなる粒子を、垂直軸のまわりに回転する型中に充填し、内面から加熱して製造した」という製法に関する要件が加えられたが、米国特許法におけるプロダクト・バイ・プロセス・クレームについての解釈と同様に我が国においても右のような製法については、当該発明の特許性に影響を与えないものと解すべきものであるから、右製法が公知、公用であったかどうかを問わず、本件特許は依然特許要件を欠くものであったことには変わりがない。

第五抗弁に対する認否及び原告の主張

一1  抗弁一1は否認し、同一2中、被告が昭和四七年二月二日に設立され、石英ガラス及び石英ガラス製品の製造販売及び輸出入等を営業目的とする会社であることは認め、被告が昭和四八年頃武生工場を建設したことは争わないが、そのころ、被告が石英ガラスルツボを製造していたかどうかは知らない。また、被告が本件特許発明にかかる数値条件を満足させる石英ガラスルツボを製造していたとの主張は否認する。

同一3(一)は否認する。

同(二)は、被告がその主張のようなカタログを作成した事実は知らない。被告提示のカタログ中、被告製品たる石英ガラスルツボが訴状記載の性能を有することが記載されているという主張は否認する。

2  ヘラウス社自身、本件の高純度不透明石英ルツボを製品化できたのは、本件特許出願前後のことであって、被告が主張する昭和四七年ではない。まして本件特許発明の構成要件を備えた製品を得るのは更に年月を要したのは当然である。

したがって被告がヘラウス社の技術を昭和四七年に導入したとしても直ちに市場に通用する製品ができるはずもない。

3  シリコン単結晶引上用の不透明石英ガラスルツボについては、当初、アメリカのゼネラルエレクトリック社製品の品質が最も高く評価されていたが、やがて原告の製品が同等又はそれ以上の評価を得るようになった。しかし、その時点では、原告の製品も本件特許請求の範囲に含まれないものであった。やがてユーザーの要求レベルが高まり、ときどきクレームが出るようになった。本件特許発明はそのような背景から完成されたものである。原告が、酸化硼素を重視した新しい特殊な原料を使用し、新しい特別な製造装置を採用し、特に酸化硼素と粘性と水酸基に留意して製造雰囲気を正確に制御して本件特許発明のルツボを大量生産できるようになったのは、本件特許出願よりもずっと後である。

本件特許発明の出願日以前に被告により作成された技術データは一切存在していない。

被告は、自分の作ったルツボの成分、純度、粘性についてあまり勉強しないまま、旧式の設備で、酸化硼素の含有量の不明なまま他社の原料を使用して、ルツボを製造したと主張しているが、そのような原料や製造手段では、本件特許発明のルツボを多量生産することは不可能である。

4  被告が主張する本件特許出願日前に製造された被告製品の保存ルツボであるとするものについては、その証拠とする報告書類、被告側証人の証言は、各期の保存ルツボ個数が不自然であったり、保存ルツボ個数や保存目的に変遷があったり、分析及び原料とルツボの特性との関係に関する証言に矛盾があったり、原告製造にかかる製品であるとするものについての検査票に関する証言に矛盾があったり、被告の提出したルツボの分析値が不自然であったりすることから、これら証拠には信用性がない。

また被告側証人の証言によれば、当時の操業条件説明書、不純物の社内基準、ルツボの分析を時々していたという分析記録等が存在するはずであるが、これが本件訴訟に提出されていないことは被告の主張が信用できないことの裏付けとなるものである。

5  被告主張のカタログには、「単結晶引上用半透明石英ルツボ」の説明があるが、「その純度は透明石英と差がありません」とあるだけで、分析データは何一つ示されない。

被告は、「石英ガラス製品」あるいは、「透明石英ガラス」の分析データがると主張するが、石英ガラスルツボとこれらの製品ないし透明石英ガラスが同一の分析値を示すかどうかは全く別のことである。

二  杭弁二1ないし3は、いずれも否認する。

1  被告が本件特許出願前に製造していたシリコン単結晶引上用の高純度不透明石英ルツボが本件特許発明の構成要件を満たすものとは認められないことは、右一のとおりである。

2  また原告が本件特許出願前製造していたシリコン単結晶引上用の高純度不透明石英ルツボは、本件特許発明の構成要件である「酸化硼素が一ppm以下であること」、「水酸基が三〇〇ppm以下であること」、「粘性が一四五〇度Cで一〇の九乗ポイズ以上であること」の三つの要件を満たすものではなく、本件特許請求の範囲に入らないものであった。

すなわち原告は、定期検査のため当時のルツボの純度及び物性のデータを保存していたが、そのデータにより酸化硼素の量を算出すると、その量は一・六ppm以下となり、本件特許請求の範囲を外れているものであった。

被告が、本件特許出願前の原告製造であると主張するルツボについては、添付の検査票に表示されている所定の外径、肉厚、高さを有するルツボの製造は本件特許出願後でも容易に行えるものであり、寸法が一致したからといって本件特許出願前の原告製造のルツボであると断定することはできない。

当時の原告製品は、すべてP-一と呼ぶ原料を使用して製造していたものであり、原料との相関関係の強い不純物酸化アルミニウムと酸化鉄の量が、原告製品であると被告が主張する製品とは大きく異なっていることから考えても、右製品が、当時の原告の高純度不透明石英ガラスルツボでないことは明白である。

第六証拠

証拠の関係は、記録中の証拠に関する目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがなく、同四及び五は被告が明らかに争わないから自白したものとみなす。よって、被告製品は、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。

二  抗弁一(先使用による通常実施権)について判断する。

成立に争いがない甲第一号証の一及び二、乙第一九号証ないし乙第二二号証、乙第三二号証、乙第三三号証、証人松村光男の証言により成立を認める乙第九号証、乙第一〇号証、乙第一三号証、証人小池隆平の証言により成立を認める乙第六号証ないし乙第八号証(ただし乙第六号証の添付書類1及び3については成立に争いがない)、乙第一七号証、乙一八号証、証人藤ノ木朗の証言により成立を認める乙第一一号証、乙第一二号証、乙第一六号証、乙第二三号証の一ないし三、添付書類1及び2、添付書類9の3については本文及び証人松村光男の証言(第一回)により成立を認め、その余については成立に争いない乙第二四号証、添付書類1及び2については本文及び証人松村光男の証言(第一回)により成立を認め、本文については成立に争いがない乙第二五号証、添付資料1ないし4については本文及び証人藤ノ木朗の証言により成立を認め、本文については成立に争いがない乙第二六号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一号証の一ないし四、乙第二号証、乙第三号証ないし乙第五号証、乙第一四号証、乙第一五号証、乙第四七号証、証人小池隆平、同松村光男(第一回、第二回)、同藤ノ木朗の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。

1  本件特許発明の出願以前から、シリコン単結晶引上用装置は、通常、石英ガラスルツボ内にシリコン多結晶体を充填し、このシリコン多結晶体を充填した石英ガラスルツボを回転させつつ高周波誘導加熱等の熱源で約一四五〇度Cに加熱してシリコンを溶融し、ルツボ上部の引上機に支承されたシリコン単結晶の種を溶融体に浸漬し、これを引き上げつつ徐冷することによって多結晶体を単結晶体とするものであり、この単結晶は、半導体特性を生かすために極めて高純度であることが必要で、溶融体が直接接触する石英ガラスはシリコンによって浸触され、石英ガラス成分が溶融シリコン中に入るため、石英ガラスルツボを構成する石英ガラス成分の純度が常に留意されていた。

本件特許発明は、従来技術のようにシリコン単結晶中に混入する不純物の総量に留意するのみでなく、溶融シリコンによって侵触される量を低減させる方法に着目し、溶損量を減らすことによって不純物の混入量を規制することを目的として提案されたものである。

2  訴外信越半導体株式会社は、昭和四六年当時、ゼネラルエレクトリック社からシリコン単結晶引上用不透明石英ガラスルツボを購入していたが、石英ガラスを製造販売しているヘラウス社から同様の用途の不透明石英ガラスルツボの購入を検討した結果、同社の製造する不透明石英ガラスルツボが十分な品質を備えていたことから同社から右製品を購入することを決定するとともに、同社と共同で設立した合弁会社から、右製品の供給を受けることにより自らの企業グループ内で同製品を供給することを計画した。

3  そして昭和四七年二月二日、訴外信越化学工業株式会社と右ヘラウス社との共同出資により、資本金一億円をもって、被告が石英ガラス及び石英ガラス製品の製造、販売及び輸出入等を目的として設立された。

被告は同月、福井県武生市に武生工場の建設を開始するとともに、同年七月にはヘラウス社に武生工場長小池隆平以下五名を石英ガラスルツボを含む各種石英ガラス製品の製造、加工等に関する技術修得のために三か月の予定で派遣し、小池らは、当時ヘラウス社内においてスノーボールと呼ばれていた半透明石英ガラスルツボの製造実習を含む技術研修を受け、同社の右製品の製造方法を修得した。その一方で、被告はヘラウス社からの設計図面に基づいて、昭和四七年一〇月頃、石英ガラスルツボの製造装置(一号機)を武生工場内に設置し、同年一二月頃、武生工場において、ヘラウス社からの技術者アルプレヒト及びアーマンの指導のもとで右一号機の試運転を重ねて、昭和四八年一月には安定操業を開始し、以来ヘラウス社から原料粉の供給を受けて単結晶引上用半透明石英ガラスルツボの製造を続け、単結晶引上げによるシリコン単結晶の製造を行っていた信越半導体株式会社の武生工場及び磯部工場その他の顧客に被告の製造にかかる半透明石英ガラスルツボを販売してきた。

4  被告武生工場に設置された石英ガラスルツボの製造装置(一号機)による単結晶引上用石英ガラスルツボの製法は、「水平回転している型内に精製水晶粉を供給し、回転遠心力により型内壁に所望の厚さの粉体層を形成させ、回転を維持しながら型内に電極を挿入してアーク放電させ、この放電加熱により前記粉体層を熔融ガラス化し、熔融終了後型の回転を停止し、冷却後、製品である半透明成型ルツボを取り出す」というものであり、被告は、昭和四八年一月以来継続して右製造装置を使用し、マダガスカルとクウィンタスという二銘柄の精製した水晶粉を原料として、右方法によって、アーク放電で溶融ガラス化した内側が透明となり、溶融ガラス化しなかった外側が不透明のいわゆる半透明石英ガラスルツボを製造していた。

5  その後昭和五七年三月に石英ガラスルツボの製造装置の二号機が、昭和五九年七月には三号機が、いずれも前記被告武生工場内に設置され、製造される石英ガラスルツボの大きさも、当初の口径五インチないし八インチ程度のものから、最大口径二四インチ程度のものへと大型化したが、製造方法は右一号機によるものと同様であり、これによる製品が被告製品である。

6  被告は、半透明石英ガラスルツボの製造販売の開始以来、製品の半透明石英ガラスルツボを、一個一個製造番号を記載した「高純度半透明石英ガラスルツボ検査表」を付してビニール袋に入れ、段ボール箱で梱包して、出荷していたが、製品の内、出荷されなかったもの約五〇〇個を、当初は被告の武生工場内のプレハブ倉庫に保管していたところ、その後保管場所を順次変更しながらも現在まで保管を続けてきた。

右のように保管されていた半透明石英ガラスルツボのうち、本件特許発明の出願より前に製造された一二ロットに属する八九個の中から各ロット一個ずつ、(一)昭和四八年二月五日に製造された製品(製造番号二〇五〇二二)、(二)同月二三日に製造された製品(製造番号〇二三〇二二)、(三)同年三月二八日に製造された製品(製造番号〇二八〇三二)、(四)同年四月二一日に製造された製品(製造番号八二一〇四三)、(五)同月二三日に製造された製品(製造番号一二三〇四三)、(六)同年五月一七日に製造された製品(製造番号二一七〇五三)、(七)昭和四九年四月一一日に製造された製品(製造番号二一一〇四四)、(八)同年八月一二日に製造された製品(製造番号二一二〇八四)、(九)同月一三日に製造された製品(製造番号七一三〇八四)、(一〇)昭和五一年八月二五日に製造された製品(製造番号三二五〇八六)、(二)同年九月一三日に製造された製品(製造番号四一三〇九六)、(三)同月一四日に製造された製品(製造番号一一四〇九六)を選び出してその不純物量、材質を分析した結果は、別紙「保存ルツボの分析一覧表」記載のとおりであった。

したがって、右一二個の半透明石英ガラスルツボは、いずれも、請求原因四で分説された本件特許発明の構成要件2(石英ガラスルツボであること及び不純物の量)及び3(石英ガラスの材質)を充足するものである。

また、右一二個のガラスルツボは、右2ないし4認定のとおり本件特許発明の構成要件1(シリコン単結晶引上用に供される石英ガラスルツボであること)及び4(製造方法)をも充足するものである。

以上1ないし6認定の事実によれば、被告が昭和四八年一月から実施していたシリコン単結晶引上用に供される半透明石英ガラスルツボの製造方法は、本件明細書の特許請求の範囲に記載された方法と同様であり、右方法によって製造された製品である半透明石英ガラスルツボの不純物の量及び材質特性についても、少なくとも相当数のものが客観的に見て右特許請求の範囲に記載された不純物の量及び材質特性の要件を充足していたものであり、かつ、被告は、本件特許発明の内容を知らないで同一の発明をしたヘラウス社から右発明を知得して、原告の本件特許出願時である昭和五二年三月一七日以前から、本件特許発明を実施してきたものであるから、被告が右実施品と同一の製品である被告製品を製造、販売することは、先使用による通常実施権の範囲内の行為と認められる。

三  原告は、被告が本件特許出願前に本件特許発明の構成要件を充足する石英ガラスルツボを製造していたことを否認し、種々主張するので検討する。

1  原告は、保存ルツボ個数が不自然である、保存ルツボ個数、保存目的、分析、原料とルツボとの特性との関係についての被告側証人の証言に矛盾がある、原告の検査表に関する証言に矛盾がある、被告の提出したルツボの分析値が不自然であるなどとして右保存品が被告主張の時期の製品であることの趣旨の証拠は信用できないと主張する。

(一)  保存ルツボの個数の点について、原告は、保存ルツボの個数が、当初乙第七号証、乙第一〇号証、乙第一一号証においては合計八九個とされていたのが、平成元年一二月一三日証人松村の証言以降は、合計五〇〇個に変化しているとしてこれが不自然であるという。

しかしながら、前記各書証を見ると、乙第七号証、乙第一一号証には、昭和五二年三月までに製造した石英ルツボが合計八九個保存されている旨、前記保存ルツボから製造番号の異なるものを一二個抜き取り分析した旨が明示されているが、それ以外の保存ルツボの有無についてはふれられておらず、また乙第一〇号証は右乙第七号証添付の一覧表を引用したに止まるものであり、右乙第七号証の趣旨に反するものではない。

したがって、後の証言によって保存ルツボの総数が右時期より後の製品や原告製品を含めて約五〇〇個であるとされても、矛盾するわけではなく、先使用の事実の証拠として本件特許出願前の製造にかかる保存ルツボのみを取り上げて報告書に記載することもありがちなこととして理解できるから、取り立てて不自然な変遷があるとすることはできない。

(二)  原告は、ルツボの保存目的に関する被告側の証人の証言がまちまちであるとする。

しかしながら、保存の理由に関する被告側証人の証言は、小池証言においては、「もったいないので保存しておけ」というものであり、松村証言(第一回)においては、「その当時、高いものでしたから、何か転用できないかというような考えで」というものであり、右両証言は、ルツボが高価なものなので保存していたという趣旨においては一致しており、これをもって不自然な点があるとすることはできない。

(三)  原告は、被告ルツボの保存状況について、松村証言(第一回)においては、出荷のときにはルツボをビニール袋に入れ、外側をクッション材で包んだり、段ボールの箱に一つ一つ詰めたり、さらに仕切板を挟んだりするとし、あるいはビニールをを一個一個包装材で封をして、一個一個仕切板の中に入れて二段にしたとしていたのに、本件保存ルツボについては、段ボール、クッション材、仕切板は全く使用されておらず、そのため割れたものがあったとしているのは不自然であるとする。

しかしながら、クッション材で包んだり、仕切板を入れるのは、出荷、すなわち顧客に販売する際に行うことであって、右証言は、本件保存ルツボについてそのような包装が行われたという趣旨ではないことはその証言から明らかである。

また、証人松村光男の証言(第一回)及び証人藤ノ木朗の証言によれば、保存ルツボは木箱の中に、検査表と共にビニール袋に包んだ状態で、一面に並べたあと段ボーを敷いて更にその上に並べていくといった状態で保存されていたものであることが認められ、前述のようにもったいないからとっておけという程度の理由で保存されていたものの保存状況として各別不自然であるということもできない。

(四)  原告は、松村の証言からすれば、製造したルツボのうちの不良品は年間で数百になるのに、保存ルツボの総数で見てもせいぜい五〇〇個程度であるのは、不自然であるとする。

しかしながら、証人松村光男の証言(第一回)によれば、製造現場において、検査に回しても到底合格しないと認められたものは製造現場で処分していたものと認められ、大多数の不良品は製造現場で処分されてしまい、本件保存ルツボに含まれているのは、製品検査室で不良品とされたものなのであるから、右をもって不自然であるとすることもできない。

(五)  原告は、検査表について、本件保存ルツボについては、松村証言(第一回)では、五〇〇個すべての保存ルツボに検査表が入っていたとしていたのが、松村証言(第二回)においては、原告の製造にかかるルツボであると被告が主張するもののうち、八個については、外国に向けたラベルがあるだけで、原告の製造番号を付した検査表がないとしており、矛盾していると主張する。

しかしながら、前記乙第七号証、乙第一〇号証、乙第一一号証などによれば、被告は当初先使用の事実を立証するために本件保存ルツボの調査をしていることがうかがわれるから、外国向けのラベルのある原告製品についてこれを詳しく調べずに総数五〇〇個内外の製品の検査表の有無について供述した際に、右の点について不正確な証言があったからといって、被告主張に沿う証拠全部の信用性がないとはいえない。

(六)  原告は、被告ルツボの分析について、証人小池は、ルツボの分析は本件特許出願前にはしていなかったと供述していたが、証人松村(第一回)は、数は少ないが時々分析をしていた記録が調べたらあった旨供述しており、矛盾しているとする。

両供述が矛盾していることはそのとおりであり、この点はいずれの供述が真実に沿うものかは判断できないが、前記乙第二五号証、証人小池の証言、証人松村の証言(第一回)によれば、被告は、その製造した被告ルツボの原料である石英粉末に含有されるアルカリ金属の量については昭和四八年の半ば頃から他の業者に依頼して分析することにより、製品であるルツボの品質を管理していたものと認められ、その反面、被告としては、本件ルツボについては、原料の分析を行えば品質管理としては足りるとして、製品自体の成分の分析をそれ程重視していなかったものと窺われるから、前記のような証言の矛盾があることを理由に両証人の証言の他の部分やその他の証拠までも信用できないということはできない。

(七)  原告は、被告ルツボの不純物に関する分析値のうち、鉄についてみると、第二期の分析値が極めて良好な結果であるのに対して、第三期の分析値が悪化しているのは技術の向上に反する流れであり、同じく第六期の分析値も第四期の分析値より悪く信用性がないと主張する。

しかし右のように測定値にばらつきがあること自体、試料、データに変造等の操作が加えられていないことを示すものであり、かつ、右の期間において製造方法、原料の選択について特段の改良が加えられていないことを示すに過ぎず、右主張は失当である。

2  原告は、ヘラウス社発行のパンフレットによれば、同社自身、高純度不透明石英ルツボを製品化できたのは、本件特許出願前後のことであって、被告が主張する昭和四七年ではなく、本件特許発明の構成要件を備えた製品を得るのは更に年月を要したのは当然である旨、またそもそもシリコン単結晶引上用の不透明石英ガラスルツボについては、当初アメリカのゼネラルエレクトリック社製品の品質が最も高く評価されていたが、やがて原告の製品が同等、又はそれ以上の評価を得るようになったものの、その時点では、原告の製品も本件特許請求の範囲に含まれないものであり、その後ユーザーの要求レベルが高まったことを背景として本件特許発明が完成されたものであって、原告が、本件特許発明のルツボを大量生産できるようになったのは、本件特許出願よりもずっと後であるのに、被告が自社の作ったルツボの成分、純度、粘性についてあまり勉強しないまま、旧式の設備で、酸化硼素の含有量の不明のまま他社の原料を使用して、本件特許発明の構成要件を充足するルツボを製造したとは考えられない旨主張する。

成立に争いのない甲第五号証によれば、原告社員が昭和四六年七月二四日に信越半導体株式会社の日立高崎工場に出張した際、同社から得られた情報として「国産ルツボについては半透明、透明共にすべて使用してみたが、GE(ゼネラルエレクトリック)の半透明ルツボの品質が一番良い。国産ルツボはCZによる製品の八割くらいまでは使用できるが、残りの二割は品質的に問題があり、使用できないので、GEの製品を使用している」と報告されており、また同年九月二九日の原告と信越半導体との打ち合わせ会議においても、高純度不透明ルツボに関し、原告とゼネラルエレクトリック社の高純度不透明石英ガラスルツボ製品が比較され、また原告の社員は信越半導体側から、当時設立が予定されていたものとみられる被告について「国内で生産開始されるまでの、間にヘラウスから購入し使用することは考えていない」「国内で生産開始されてもその時点より全面的に切り替えることは不可能」との情報を得ていたことが認められる。

しかしながら、近い将来被告が設立され高純度半透明石英ルツボの製造を開始すれば、競争関係にた立つことが予想される原告の社員に対し、信越半導体側が正確な情報を与えると考えるのは不自然であり、現に前記乙第四七号証によれば、信越化学株式会社が昭和四六年九月頃信越半導体株式会社でヘラウス社製の高純度半透明石英ガラスルツボを試用した上で、同製品の性能がそれまで使用していたゼネラルエレクトリック社の製品に劣らないものと評価し、ゼネラルエレクトリック社製品からヘラウス社製品に除々に切換えることを望み、更に、右製品を継続的に製造するためにヘラウス社と合弁で被告会社を設立することについて積極的な姿勢を示したこと、昭和四七年一月には信越半導体株式会社から、同年三月には設立直後の被告からヘラウス社に対し高純度不透明石英ルツボの注文がされたことがそれぞれ認められ、右事実によれば、当時ヘラウス社はゼネラルエレクトリック社と同等かそれ以上の品質の高純度不透明石英ルツボを製品化できていたものと認められ、そのため前記二に認定したように合弁会社として被告が設立され、ヘラウス社の技術指導を受け、原料である水晶粉の供給を受けて、被告製品である単結晶引上用半透明ガラスルツボを製造するようになったものと認めるのが相当であり、被告がルツボそのものの成分、純度、粘性に関心を払いその分析を製品検査として行なっていなかったとしても、原料と製造方法を管理することにより客観的に本件特許発明の構成要件を充足する製品を得ていたことに不自然な点はなく原告の主張は採用できない。

また成立に争いのない甲第三号証の一(ヘラウス社の英文カタログ)中には、「水晶粒(雪玉型)の直接熔融により大型ルツボを製作することができるようになったのはやっと最近のことである。この方法が発展段階に達したので大型ルツボの供給は現在では二つの異なる製造法により保証されている。」との記載があることが認められ、成立に争いのない甲第三号証の二(ヘラウス社のドイツ語カタログ)にも同旨の記載があるものとうかがわれるが、それらの作成日時は必ずしも明確でないし、右各書証の最終ページ右下隅に、甲第三号証の一については、「E2C 76 5 Ku」とあり、甲第三号証の二については、「3C 74 11. Ku」とある記載を前者は一九七六年(昭和五一年)五月作成を示すもの、後者は、一九七四年(昭和四九年)11月作成を示すものとみても、それらが各カタグの最初の版かどうかも明らかではない上、証人渡辺国明の証言によれば、右カタログにいう「大型」とは直径六インチ以上のものを指すものと認められ、甲第三号証の一、二も前記三の認定を左右するものではない。

その他、甲第五号証及び甲第七号証の記載中並びに証人佐藤哲之、同渡辺国明の証言中前記二認定の事実に反する部分は、二冒頭掲記の各証拠に照らしてたやすく信用できない。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 宍戸充 裁判官 櫻林正己)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例